後を絶たない介護現場での虐待や不正請求のニュース。
これらは、単に個々の事業者の倫理観の問題なのでしょうか。
もちろん、それも一因ではあります。
しかし、より深く掘り下げていくと、現在の介護保険制度、特に報酬改定の仕組みそのものに問題の根源が潜んでいるのではないかという、根深い課題が見えてきます。
本コラムでは、なぜ質の低い事業者が淘汰されず、むしろ生き残りやすい状況が生まれてしまうのか、その構造的な欠陥に切り込みます。
介護経営実態調査が引き起こす品質の「逆淘汰」
介護サービスや障害福祉サービスの報酬は、3年に一度の報酬改定により見直されます。
その際、厚生労働省は事前に「介護事業経営実態調査」を行い、各サービスの収支差率(利益率)を算出します。
そして、この調査で「利益が出ている」と判断されたサービス種別について、次回改定で基本報酬が引き下げられるわけです。
厚生労働省は特にこのことを明言していませんが、これまでの報酬改定の状況を見れば間違いない事実です。
一見すると、税金や保険料という公費を財源とする以上、過度な利益を抑制し、国民負担を軽減するための合理的な仕組みに思えるかもしれません。
しかし、この「一律引き下げ」方式には、大きな落とし穴が存在します。
それは、サービスの品質を全く考慮していないという点です。
例えば、利益を職員の研修や待遇改善に再投資し、質の高いケアを提供している優良な事業所も、人件費を極限まで切り詰めて利益を出している事業所も、同じ「黒字事業所」として扱われ、等しく報酬を引き下げられてしまうのです。
「悪貨が良貨を駆逐する」現場の現実
この仕組みが続くと、現場では何が起こるでしょうか。
質の高い運営を目指す事業所は、職員の給与を上げ、手厚い人員配置を行い、研修にも時間と費用をかけます。
こうした事業所にとって、報酬の引き下げは経営に直接的なダメージを与え、品質向上のための投資余力を奪います。
一方で、サービスの品質を二の次にし、人件費などのコストカットだけで利益を捻出している事業所は、もともとのコスト構造が低いため、報酬が多少下がっても耐えうる体力があります。
結果として、真面目に品質向上に取り組む事業所ほど経営が苦しくなり、コストカットのみを追求する事業所が生き残りやすくなるという「悪貨が良貨を駆逐する」現象が起きてしまいかねないのです。
そして、そのような事業者が業界に増えれば、虐待や不正請求のリスクが高まるのは必然と言えるでしょう。
問題を未然に防ぐのではなく、問題が起きた後に行政が実地指導や監査を強化せざるを得なくなり、結果として余計な行政コストが増大するという、負のスパイラルに陥っています。
求められるのは「質を評価する報酬体系」への転換
この根本的な矛盾を解決するために、今まさに求められているのが「質を評価する仕組み」と「質と連動した報酬体系」への抜本的な転換です。
もちろん、LIFE加算のように、科学的介護の実践を評価する仕組みは既に存在します。
しかし、それはあくまで「加算」という形であり、基本報酬の考え方そのものを変えるには至っていません。
事業所の運営体制、職員の専門性や定着率、利用者満足度といった「質」を正当に評価し、それが基本報酬に反映される仕組みを導入すること。
それこそが、事業者に品質向上へのインセンティブを与え、業界全体の健全化を促す唯一の道ではないでしょうか。
現在の報酬改定の仕組みは、多くの介護経営者や管理者にとって悩みの種です。
制度の波に翻弄されるだけでなく、自社の強みである「質」をどう守り、育てていくかという戦略的な視点が不可欠です。




