前回のコラムでは、処遇改善加算の算定が、もはや介護事業における人材確保の最低条件であることをお伝えしました。
「うちは一番下の区分でも算定しているから大丈夫」――もし、そう考えているなら、残念ながらそれもまた、厳しい現実から目をそむけていることに他なりません。
今回のテーマは、なぜ下位の加算では不十分なのか、そして上位加算の取得が、いかにして事業所の生産性向上と持続可能な経営に繋がるのか、その本質に迫ります。
「とりあえず加算」が招く、二極化の現実
新しい処遇改善加算の算定状況を見ると、最も上位の加算ⅠとⅡを算定する事業所が全体の8割を超える一方、下位の加算ⅢやⅣにとどまる事業所も依然として存在します。
この差が、今後の介護業界における「勝ち組」と「負け組」を分ける、新たな二極化の始まりです。
下位の加算しか算定できない事業所が挙げる理由の多くは、「昇給の仕組みを作るのが難しい」「職員間の賃金バランスが崩れるのが怖い」「事務作業が煩雑」といったものです。
これらは確かに、経営者が直面する現実的な課題でしょう。
しかし、これらの課題から逃げ続けることは、何を意味するのでしょうか。
それは、職員に明確なキャリアパスを示せず、将来の展望を与えられない事業所であると、自ら認めていることに他なりません。
職員が求めるのは「今日の給与」と「明日の希望」
意欲と能力のある職員ほど、目先の給与額だけでなく、自身のキャリアプランを真剣に考えています。
「この事業所で働き続ければ、どのようなスキルが身につき、どのように給与が上がっていくのか」。
この問いに明確に答えられない事業所に、優秀な人材は定着しません。
上位加算の要件である「昇給の仕組みの整備」や「キャリアパス要件」は、まさにこの問いに答えるための経営努力を求めるものです。
この努力を怠り、下位の加算に安住する事業所は、結果として職員の離職率が高まり、常に人材不足に悩まされることになります。
職員が頻繁に入れ替わる職場で、サービスの質が向上するでしょうか。生産性向上など、夢のまた夢です。
国が用意した「成長への処方箋」
国も、事業所が抱える課題を理解した上で、様々な支援策を用意しています。
「モデル賃金体系」の提示や、申請様式の簡素化、そして社会保険労務士などによる個別相談窓口の設置など、その内容は多岐にわたります。
これらは、単なる事務負担の軽減策ではありません。
国が事業所に対して、「これを機に、旧態依然とした労務管理から脱却し、職員が安心して長く働ける、近代的な経営体質へと生まれ変わりなさい」という「成長への処-処方箋」を提示しているのです。
この意図を汲み取り、積極的に活用する経営者だけが、次のステージに進むことができます。
処遇改善加算への取り組みは、もはや単なる事務作業ではありません。
それは、自社の経営理念や人材育成の方針を改めて問い直し、職員と社会に対して「私たちは、質の高いケアと働きがいのある職場を本気で追求する事業所です」と宣言する、極めて重要な経営戦略なのです。
賃金体系の再構築やキャリアパスの整備は、高度な専門知識を要する複雑な作業です。
自社だけで全てを抱え込むのではなく、時には外部のコンサルタントや専門家と協働し、客観的な視点から自社の経営を見つめ直すことも、持続可能な事業運営を実現するための賢明な判断と言えるでしょう。




 
