
厚生労働省が公表した「令和6年度 高齢者虐待防止に関する調査結果」によると、介護現場における虐待の報告件数は依然として高水準で推移しており、特に施設内での虐待が増加傾向にあることが明らかになりました。
本稿では、最新の調査データをもとに、虐待の背景にある構造的課題を読み解きながら、現場で求められる対策やマネジメントのあり方について考察します。
1. 施設における虐待:増加の背景にある「教育」と「マネジメント」の限界
令和6年度の調査によると、養介護施設従事者による虐待の判断件数は、前年度比8.6%増と顕著な増加を示しました。
この数字だけを見ると、「職員の質が下がっているのでは?」という印象を持たれるかもしれませんが、実際にはもっと複雑な背景があります。
注目すべきは、虐待の発生要因です。
最も多かったのは「知識・技術・倫理観の問題(75.9%)」ですが、それに次いで多かったのが「組織運営上の問題(61.9%)」でした。
つまり、個人の資質だけでなく、組織としてのマネジメント体制の不備が虐待の温床になっているということです。
また、「職員の性格・資質(62.0%)」「ストレスや感情コントロールの問題(62.5%)」も高い割合を占めており、従来の座学中心の研修では限界があることが浮き彫りになっています。
今後は、以下のような対策が求められます。
・アンガーマネジメントやストレスマネジメントを取り入れた実践的な研修
・管理者が現場のストレス状況を把握し、“声なきサイン”に気づける体制づくり
・「虐待防止=研修」だけに頼らない、組織全体でのリスクマネジメントの再構築
2. 男性介護職へのサポート体制の必要性(ジェンダー視点)
今回の調査では、虐待を行った介護職員のうち、男性が53.5%を占めていることが明らかになりました。
一方で、介護職全体に占める男性の割合は23.6%に過ぎません。
このギャップは、男性職員が虐待に関与しやすい構造的な背景があることを示唆しています。
たとえば――
・男性職員が少数派であることによる孤立感や相談しにくさ
・力任せのケアになりやすい場面での技術指導の不足
・異性介助における心理的・倫理的な葛藤
これらの課題に対しては、以下のような支援が必要です。
・男性職員向けのピアサポートやメンタルヘルス相談体制の整備
・異性介助に関する具体的な技術指導と倫理研修の強化
・男性職員が安心して働ける職場文化の醸成
ジェンダーに配慮した支援体制の構築は、虐待防止だけでなく、男性介護職の定着や活躍推進にもつながる重要な視点です。
3. 深刻化する在宅介護:「認知症」と「介護放棄」の連鎖
施設に比べて在宅での虐待件数の増加は緩やかですが、その深刻度はむしろ高いという特徴があります。
令和6年度の調査では、養護者(家族)による虐待で死亡事例が26人発生しており、施設(5人)を大きく上回っています。
また、虐待の重症度が「重度・最重度」に分類された割合も、在宅の方が高い傾向にあります(22.8%)。
主な要因として挙げられているのが、被虐待者の認知症の症状(58.1%)です。
認知症が進行することで、介護者の負担が増し、ネグレクトや経済的虐待に発展するリスクが高まることが分かっています。
このような状況に対しては、以下のような支援が必要です。
・ケアマネジャーによる早期発見と通報(通報者の24.4%を占める)
・認知症対応型サービスと介護者のレスパイト(休息)支援のセット提供
・デイサービスやショートステイの積極的な活用を促す介入の強化
在宅介護における虐待は、「家族の限界」を超えてしまったときに起こるケースが多く、地域全体での支援体制が不可欠です。
4. 虐待の種類による「被害者像」の違いとリスク管理
虐待というと一括りにされがちですが、被害者の状態や虐待の種類によって、リスクの現れ方は大きく異なります。
施設においては――
・要介護3以上や寝たきり度Cの重度者に対しては、「身体的虐待」や「ネグレクト」が多く、
・自立~要介護2の軽度者には、「心理的虐待」や「経済的虐待」が目立ちます。
在宅においても、要介護1などの軽度者が身体的虐待の被害に遭うケースが多いというデータがあります。
このような傾向を踏まえ、以下のような対策が有効です。
・施設内でのフロア分けに応じた虐待リスクの可視化と予兆の把握
・ケアプラン作成時やモニタリング時に、自立度別の虐待リスクチェックリストを活用
・軽度者への暴言や、重度者への乱暴な介助など、“見えにくい虐待”への感度を高める
■ まとめ:「虐待防止」は個人の問題ではなく、組織と地域の課題
虐待は、「悪意ある特別な人」が起こすものではありません。
「知識不足」「ストレス」「組織の風通しの悪さ」が重なったとき、誰にでも起こり得るものです。
今回の調査結果は、個人の責任追及に留まらず、 「組織としての防衛策(マネジメント)」と「地域全体での見守り(ケアマネジャー・警察等の連携)」を再構築する必要性を強く訴えています。
虐待ゼロを目指すには、現場の声に耳を傾け、 “人を責める”のではなく、“仕組みを変える”視点が求められています。




