介護の未来を削ってはいけない──財務省の“給付費抑制論”に現場から異議を唱える

介護業界では今、財務省が主導する「給付費の抑制・適正化」議論が加速しています。

しかし、その根拠として示されているデータや論理は、現場の実態から大きく乖離しています。

 

私は介護経営コンサルタントとしていろいろな事業所と向き合う中で、 「このままでは介護の未来が壊れてしまう」という強い危機感を抱いています。

 

本稿では、財務省の主張の“どこに問題があるのか”を整理し、 現場の視点から反論すべきポイントを明確にしていきます。

「介護事業者は利益率が高い」という“数字のマジック”

財務省は、介護サービスの利益率が「全体で6.8%」と強調し、 中小企業の平均(4.7%)より高いと主張しています。

しかし、この数字には重大なトリックがあります。

 

資料の片隅に小さく記載されているように、 特別損失を含めた実際の収支差率は「3.8%」

つまり、財務省が示す“6.8%”は、 都合の悪い損失を除外した“見せかけの利益率”なのです。

 

現場では、

 

・人件費の高騰

・物価上昇 ・採用難による負担増

・ICT投資の必要性

 

など、経営を圧迫する要因が山積しています。

「介護は儲かっている」という印象操作は、 現場の苦労を無視した極めて不誠実な議論だと言わざるを得ません。

「生産性向上で収益増」という机上の空論

財務省は、ICT導入や大規模化によって生産性を上げれば、 「より少ない職員で多くの利用者に対応できる」と主張しています。

しかし、介護は製造業ではありません。

人と向き合い、状態を観察し、寄り添い、判断し、支援する── 対人援助は“効率化=人を減らす”では成立しない仕事です。

 

ICT導入によって効率化できた時間は、

 

・利用者との対話

・アセスメントの質向上

・家族支援

・多職種連携

 

など、本来必要なケアに再投資されています。

 

それを「効率化したのだから、もっと稼げるはずだ」と言い、 “だから基本報酬を下げる”という論理は完全に破綻しています。

現場の努力を正当に評価するどころか、 むしろ罰するような構造になっているのです。

効率化した事業者への“ペナルティ”という矛盾

財務省は、住宅型有料老人ホーム併設の訪問介護事業所について、 「移動が少なく効率的だから収益性が高い」とし、 報酬引き下げを提案しています。

しかし、これは明らかに矛盾しています。

 

財務省は一方で「生産性を上げて収益を増やせ」と言いながら、 実際に効率化を実現した事業者には 「儲けすぎだから報酬を下げる」と言うのです。

 

これは、 経営努力に対するペナルティであり、 生産性向上を促すどころか逆効果です。

努力した事業者が損をする仕組みでは、 誰も改善に取り組まなくなります。

利用者負担増がもたらす“重度化リスク”を軽視している

財務省は、2割負担の対象拡大について、 「大企業の管理職だった層だから負担能力がある」と説明しています。

 

しかし、現場の実感はまったく違います。

 

わずかな負担増でも、

 

・訪問回数を減らす

・デイサービスを控える

・ケアマネジメントを利用しない

 

といった“利用控え”が確実に起こります。

 

その結果、 状態悪化 → 入院 → 介護度の重度化 → 社会保障費の増大 という負の連鎖が起こることは明らかです。

 

短期的な給付抑制は、 長期的にはむしろコスト増につながります。

制度の目的は「負担増」ではなく、 介護予防と重度化防止であるはずです。

介護は「削る対象」ではなく「未来への投資」

財務省の議論は、 「介護はコストだから削るべき」という前提に立っています。

しかし、介護は社会のインフラであり、 高齢者の生活を支えるだけでなく、 家族の就労を支え、地域を支え、社会を支える存在です。

介護を削ることは、 日本社会の持続可能性そのものを削ることに他なりません。

 

必要なのは、

 

・現場の声を踏まえた制度設計

・長期的視点での投資

・人材確保に向けた環境整備 です。

 

介護は「守るべき領域」であり、 短期的な財政論で切り捨ててよいものではありません。

■ まとめ

財務省の給付費抑制論は、 数字の切り取りと机上の空論に基づいた議論が多く、 現場の実態を反映していません。

介護は、削減すべき“費用”ではなく、 未来の日本を支える“投資”です。

 

現場の声を無視した制度改悪が進めば、 介護の質は低下し、重度化が進み、 結果として社会保障費はむしろ増大します。

今こそ、現場の声を届け、 介護の価値を正しく伝えていく必要があります。